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こんなのつくってみました [日本語教育]

記録ということ」の記事に書いたとおり、ブログの機能を見直したい今日この頃。
なので、こちらをつくってみました。

http://j-sachi-nihongo.blog.so-net.ne.jp/


日本語教育関係者以外の皆さん、すみません。

日常日記も、そちらで(ほそぼそ)続けていくかもしれないので、どうぞよろしく。

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明日から仕事 [日本語教育]

4日から仕事です。
仕事開始1~2日前は、「復帰できないんじゃないか」とか「仕事行きたくなかったらどうしよう」とドキドキするのですが、いざその時間が迫ってくるとあまりイヤな気持ちではない、私はわりと幸せな体質です。

6連休。年内は締め切りに追われて終わってしまいましたが、年明け3日間は美術館へ行ったり動物園や温室で過ごしたり、それから部屋の掃除をしたり、とのんびりモード。
寒いヨーロッパの冬で、熱帯の植物たちに囲まれながら、目の前をオウムやマダガスカルの猿が飛んでいくブダペストの動物園は、なかなかお勧めです。

改めて、今年もよろしくお願いいたします。

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好きなこと [日々・通信]

外国にいると「自分をどう維持できるか」が私にとっては非常に大きな課題なので、「自分は何が好きかな」と考え、意識的にそこに自分を持って行くことも多いのですが、それでは自分は何が好きかなとつらつら考えてみると。

現代音楽が入ったようなクラシックが好きで、
アフリカに行きたくて、
最近はバナナの木やバオバブや土の匂いのするところに行きたくて、
現代美術が好きで、生まれ変わったら現代美術のアーティストになりたいものだとまで時には思って、
でも、動物行動学者や動物園の飼育係か温室管理人もいいなと思っていて、
工芸品のようなものも実はわりと好きで、
踊りが好きで、
声も出なくなったけど、人間の声が一番きれいな楽器だと思っていて、
現代詩と短歌が文学の中では何より好きで、
めんどくさがりのくせに、時々妙に凝った料理をつくりたがって、
小鳥と猫と犬と熱帯植物があれば幸せで、動物園が好きで、温室が好きで、
海、特に生活に密着したような海の街が好きで、
40度、50度ぐらいあるような強いお酒こそ飲み物だと本気で思っていて、
時間があるとぷらぷら散歩していたくて、
予定のない日が好きで、
好きなものだらけなのに、嫌いなものもその百倍もあって、
どこかの場所に行ったらその国の言葉でしか話せない気持ちを身につけて、
それから、その国の何かをもうひとつ身につけたいと思っている。

こうやってみると、うーん、わがままだなあ。私ってこんなだったっけ。

趣味嗜好だけではなく、仕事面や生活の中での自分の性質のようなもの。
自分はわがまま自由だったんじゃないかな。
のびのびして、それから良くも悪くもがむしゃらだったんじゃないかな。
なんてこと思ったのは、この年末年始、ブダペストでいろんなことを考える余裕があったからかもしれないです。

あ、睡眠と落ち着く空間も大切です。
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一年の計 [日々・通信]

そうだった、一年の計は元旦にあるんだったと思って、慌てて書いています。
ハンガリー時間であと一時間ちょっとは元旦です。

とりあえず、

・仕事がんばる(自分が3年やったことのFBとか、FBできるものを意識的につくっていくとか、まとめるとか引き継ぐとか完成させるとか)
・ハンガリーで行ってないところへ行く、食べてない物を食べる、見ていないものを見る。今の生活とは程遠い状態なのですが、やはりその国に住んでその国の人たちが大切にしているものは経験したい。という希望があります。何というか、その国への誠実さのような部分において。
・ハンガリー語、悪あがき。「できる言葉」にハンガリー語を加えられなかったのがさすがにちょっと恥ずかしかったので。
・○○語と××語の勉強する。
健康、食事と身体を動かすことと

「たくさん笑う」というのも見果てぬ夢なのですが、自分が笑うこともさることながら、周囲の人がたくさん笑ってくれて、幸せに仕事や勉強やいろんなことに関われるような、そんな活動ができたらいいなと思っています。

で、こうやってみると毎年変わり映えしないので、もうちょっと大きめの希望としては、

・10年以内に、いつか、どうしてか、どういうわけか、何らかの形で一度はロシアに行く

というのを書いておきます。ああ、言ってしまった。

ペレストロイカに価値観がひっくりかえるほどの衝撃を受けたこと。
初めて降り立った外国がソ連時代のモスクワだったこと。
高校の同級生がたくさんロシア語を専攻したこと。
日本の隣の国だということ。
ひそかにチェーホフが大好きだということ。
日本で知り合ったたくさんのロシア語話者の学習者たちのこと。

・・・というわけで、日本語教師を始めた頃からずっと思っているのですが、なかなか機会に恵まれず。
ドイツ、中国、ハンガリーとその周辺の国をぐるぐるまわっています。
それは、ドイツや中国やハンガリーにもう行きたくないというわけではなくて、どれもまたいつか足を踏み入れたい、関わりたい国、そこで働いてみたい国ですが、新しい場所をひとつ挙げるなら、やはりここ。
苦労は目に見えているし、治安についての話もいろいろ聞くし、それでも一度は10年以内に行く。
それは短期かもしれないし、今とは全然違う形かもしれないけれど。
と、宣言してみます。さあ、どう出るか。10年後にまた読み返してみよう。

(んー、嫁に行く気はないのかと)
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記録ということ [日本語教育]

さて、というわけでハンガリーブログも残りあと半年です。

もともと日本語教師を始めた時期がインターネット黎明期と重なっていたこともあって、「何かひとつできることを増やそうかな」とソフトを購入し、記録としてつけ始めたのが日記のスタートでした。
日本にいた頃はもっぱら日々の仕事の記録や感想といった感じだったのですが、ドイツ・中国ではその土地で経験したことや、離れた友人たちへの近況報告も兼ねていたものでした。
HPからブログに移行したのはちょうど中国勤務が開始された頃ですね。

ハンガリーでもそのつもりだったのですが、多少難しい面がなかったとは言えないこともありません。
「敢えて書かなくてもね」という気分になったこともあるし、一教師として学生や同じ立場の同僚たちとわいわいやっていた頃とは違い、書きたくても書けないことも増えてきました。
友人たちも働き盛り・子育て真っ最中で、忙しくしているというのもあります。
意見を交換したり人間関係を広げたりという面で、Twitterを活用することも増えました。

つまり、自分がひとつの年代に入ったということ、それから媒体の持つ機能が変わってきたということではないかなと思います。

もともと私にとって日記はポートフォリオ的な要素があって、10年近く続けていると、読み返してみても「新人の時はこんなこと考えていたんだ」とか「こういうことに興味があったんだ」という発見があります。ちょっとしたプロジェクトの段取りなどを記録していることもあります。
なので、そういった機能として続けたい部分もあるのですが、むしろTwitterのほうがメモ的に記録しやすいこと、ある部分ボカして書きやすいこと、そこから他者と話が発展していきやすかった面があり、だんだんブログの記録が減ってきました。

忙しい日々の中で、それでも敢えてPCを開けてブログを続けるとしたら何だろう。
と思うと、それはやはり「他の人にとっての読みやすさ、情報のとりやすさ」なのではないかなと思います。
だってTwitterでこれ↓ って、Twitterをやってない人にとってはけして読みやすいものではないですよね。
http://twitter.com/juni_sachika

そうなると、むしろ自分の名前も出して、立場も出して、ある種パブリックな内容を意識していったほうが、自分にとっても書きやすいし続けやすいのではないかなと思います。
その国の日々の生活は非常に楽しくて、もちろんそれを記録していくことの面白さはあるのですが。

国際交流基金派遣専門家の村上さんが管理されている「むらログ」や、ハンガリー・カーロリ大学若井先生のブログなどのような形で・・・ということですね。
そして、自分自身がこういった形のブログが書けるような、「働き盛りの人間でありたい・あり続けたい」という、そういった気持ちも込めてのことです。
「働き盛り」って私の好きな言葉です。それぞれの年代で、それぞれの年代ならではの形で、そして人生一生働き盛りでいたいなあ。

残りのハンガリー日記は今までどおりまったりモードでいきますが、その間に少し、これから自分がどういった形で発信をしていきたいか、考えてみたいと思っています。

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新年明けましておめでとうございます [日々・通信]

2011年が明けました。おめでとうございます。ハンガリー生活も残りあと半年となりました。
引越しのことを考えるとげんなり気味ですが、残りの日々も充実したものにしていきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。

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冬のヨーロッパ [日々・通信]

さて、「そんなことを言うのは冬の本当の辛さを知らないからだ」と言われることは百も承知で言うと、何を隠そう、私は冬が好き。
ついでに言うと、冬のヨーロッパはもっと好きです。

日本にいる頃から秋は苦手。
さすがに最近は夏の猛暑がひどくて、「早く涼しくなってほしい」と思うことも増えたけど、まず、秋は暑いのか寒いのかよくわからない。
身体がついていかなくて風邪もひくし、日はどんどん短くなるし、秋刀魚やきのこは好きだけれど果物には別に興味はないし。
というわけで、「冬になれば元気になれるのに」と思うことばかりでした。

で、冬。
確かに日は短いけれど、冬至を越えればどんどん明るくなっていく。
寒いけれど、雪が降ってきれい。
ヨーロッパではクリスマス、日本ではお正月と、何だかみんな肩を寄せ合って一生懸命がんばって生きていこうとしている感じがする。
ましてや、ここ北国の冬は本当に家の中が暖かい。
着る物ももう悩まなくて、とにかく暖かいマフラーとかブーツとかコートとか、これまた一生懸命着こんでマイナス気温のヨーロッパの街を歩く。
ヨーロッパの建物は冬は沈んで、それがまた趣があるというか。

この後やってくるイースターの若葉がまた素敵なのですが、それはまたいつか。

クリスマス・マーケット、それから雪のブダペストと美しい季節ですが、カメラにトラブルがあったので写真はなしです。
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またもや [日々・通信]

アドベント(クリスマス4週間前)も目の前という今日、ブダペストは初雪でした。

クリスマス・マーケットも始まって冬のヨーロッパを楽しんでいます! と言いたいところですが、実はつい最近も、大家さんの滞納で電気を止められるという事件あり。
ついでに言えば何故かネットの調子もおかしくなっていて、それも大家さんに原因があった模様。

冷凍庫の中の魚と肉を緊急避難させ、わずかに残ったお湯で身体を洗う。
ああ、あの時は今ほど寒くなくてよかった。

後任がここに住みたいと言っても、絶対紹介しないでおこう。
と、かたく決意する冬のブダペストでした。
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最近の仕事 [日本語教育]

日々、仕事に追われている今日この頃。

と書きかけて少し思ったのは、仕事に「追われる」のではなく、最近は少しずつ仕事に「のっていく」、という感じができてきたのかなということ。
それはミニマムでいえば一回一回の授業の中にもあるし、同僚や先生たちとの接触の中にもあるし、長期的なプロジェクトの中にもある。自分自身の時間や感覚の中にも、もちろんある。
その「のっていく」感じが、2年と4カ月経過した今、何だか自分の中でとらえられてきて、操縦がききはじめているような気がする今日この頃です。

ただそれは、もちろん全てが大成功というわけではなくて、やはり「あー」と思うこともあるし、「難しいな」と思うこともある。今一番それを感じるのは、私にとって1年以上ぶりに戻ってきた現場、つまり「授業」です。

開発中の教材を使って、いろいろ試行錯誤の初級クラス。
それから、月1回だけという非常に面白いケースの上級クラス。
この二クラスを担当して改めて感じるのは、まず、授業って本当に「人」に対しておこなうものだということ。「人」と一緒にあるのだということ。そのことの面白さと難しさ。
それからもうひとつは、実際に自分でやってみて「あー」と思った経験を大切に持っておかなければ、私たちのプロパーといわれる開発だとか研修だとか、そういうものが上滑りになりかねないのではないかということ。

もちろん現場を持たなくても十分できる人はいるのでしょうが、こういう視点と経験を持ち続けることはとても大切なのではないか、と改めて思う日々。
そしてまた、そういう意識を持つことから、「授業を持つこと」の意味を自分の中にしっかり形づくることも必要だと思うのです。

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蟹の思い出 [日々・通信]

日系2世のアメリカ人の大叔父の家に遊びに行った時のこと。

海の味覚食べ放題のシアトル。ある時夕飯の食卓に蟹が登場。
「日本人はこうやって食べるよね。うちの父(つまり私の曽祖父)もいつもこうやって蟹を食べてたよね」
というその食べ方は、蟹の甲羅をぱかっと開き、中の身を混ぜ、そこにご飯を入れてさらに混ぜ、醤油をかけて食べるというもの。

うーん、そうなのか?私はそういう食べ方を一度も見たことがない。
というより、広島で蟹は全然一般的な物ではないし。ましてや明治。
多分、シアトルで曽祖父が誰かに教わって食卓に入れていったんじゃないかと思うけど、それが「日本の味」「広島の味」として一族に伝わっている不思議。

ある時代にぱかっと別れてしまった家族が、それぞれの場所でそれぞれ食事をして、次の世代に伝えて、食べ物にはいろんな思い出がつながってくるということ。
そんなことを考えたのでした。
(ああ、久々に『もの食う人々』読みたい)
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現場復帰中 [日本語教育]

9月からハンガリーの新年度も始まり、今期は久々の現場復帰をしています。

実験的な試みをしている入門クラス、それから月1回だけの上級クラス。
入門クラスはとにかく面白い。ペアで運営しているので、相談したり相互に見学したり発想のヒントを得たり。
この「同じものを見ている」感はどこかで味わったことがあるぞと思ったら、中国で働いていた時にコーディネート初体験していた時のものなのでした。あー、なんか思い出すよね、毎晩夜10時頃からおこなっていた「深夜の作戦会議」。へとへとだったけど、今思えば本当に楽しい時間だったな。
見学も、継続して入り込みをしているわけだけど、そのことの意義はかなり大きい。何かいろんなことが線上になって見えてくるのを感じます。

もうひとつは、諸事情で月にたった1回だけ担当することになった上級クラス。
何をしようかな、してみたいかな、と思った結果、2003-04年にドイツにいた時からやってみたかった「会話」の試みを導入してみることにしました。
モヤモヤと、実に7-8年自分の中でいじっていたテーマだったのだけれど、なかなか実践の機会のなかったクラスです。

現場復帰宣言をした次には、いつかそれを個人の経験から更なる段階へとつなげていくこと。
例えばそれは開発かもしれない。そしてもちろん、実践の還元かもしれない。
特に<開発>に関しては、現場を持っていないとともすれば薄っぺらくなりかねないので、せっかくのこの機会をいい形で生かしていければと思っています。

やっぱり根っこは教師なんですね。
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ひさしぶり [日々・通信]

8月は日記を更新していないことに気がつきました。

とにかく猛烈に忙しい夏で、特に後半は殆ど記憶が飛んでいる状態。
でも、ちょこちょこ時間をつくって、

・7月はセルビアとモンテネグロへ出かけたり。

・8月はチェコ・ブルノの日本語教育連絡会議で発表したり。

・それからルーマニア・ブカレストのヨーロッパ日本語教師会で発表したり。

と、動いてきました。
いつか少しずつご報告できればと思います。

それにしても感じたのは、人と会うことの大切さ。
この忙しい生活の中で何故わざわざ義務でもない発表までするのかと言われそうですが、発表することによって自分自身の頭の中が整理されるというのがもちろんあるし、時には機関のプロジェクト報告をしていることもあるのですが、やはり「名前で」「人の前で」「何かを話す」ことによって、自分という存在を知ってもらえること、そして人とつながりやすくなること、話が進んでいくことなどが大きいのではないかと考えています。

最近は忙しくてあまりこちらには書けませんでしたが、Twitterにはちょこちょこ書き続けています。
もともとは日本語教師としてのポートフォリオの気持ちで始めたこの日記ですが、最近はTwitterによって人の発言に刺激を受けたり、それから自分の考えが時間単位・日にち単位で動いていく面白さを感じています。

そうなると日記にはまた別の意義を見出していきたいところで、とりあえずは長文の文で表すことにより、何かつぶやきだけでは書ききれないものをまとめられたらと思っています。

あとちょっとでHP時代からの教師日記も10年になるので、そうしたら、何らかの形でふりかえってみたいとも思います。
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ハンガリー語・まだまだ続く [語学学習]

さて3年目に入り、任期終了もちらちら見えてきたにも関わらず、全然上達しないハンガリー語学習をあいもかわらず続けています。
というより、2年目はプライベートの先生の都合が合わなくなってお休みしていたのが、最近突然学習復活。
3年目といっても、学習歴実質2年目状態で勉強を継続しています。

1~2週間に1回程度とはいえ、通うというのはいいものです。ペースができます。

そして、最近ふと思い立って見返したのが、ほったらかしになっていた入門学習書。
とにかく活用が混乱しているので、整理しようと思ったのですが・・・。

けっこう、面白い。

ちなみにハンガリー語の文法は、「世界で最も難しい」とか「悪魔の言葉」などと言われているのも聞いたことがあります。
私も初めて触れたときくらくらして、「これはダメかも」と、本気で思いました。

でも今改めて文法書を見てみると、2年前にはただの呪文にしか思えなかった活用も、今は「聞いたことがあるものを整理」という感覚になっているし、読み物を読んでも入門レベルなら知っている語彙が増えているので、ボキャブラリーと整理した活用を組み合わせていくと、文が意味になっていく。
わからないところに「与格」とか「所有・3人称単数」とか書き込みながら淡々と読む程度ですが、ただの呪文だったものが「意味」になっていく過程は、なかなか面白いものでした。
なんというか、因数分解楽しいみたいな気分というか。

夢は、せめて今の中国語ぐらい話せるようになったらいいなあ・・・(つまり旅行会話レベル、なんとかA2??)と思うのですが、何しろ言葉は難解で日々忙しいので、そのあたりはあまり期待せず、だけど読み物や文法書を手にとるのが別に苦痛でなくなった、というのは嬉しいことでした。

いくつかの外国語に取り組む機会を持ってきたけど、それぞれ環境も状況も異なっているので、学びの過程がやはり違うもんだなというのが感想です。
一応<言語教育>に関わっている身なので、学習者としての感覚は忘れないようにしたいとも思い、ちょこちょこ記しておきます。
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ライブ [日々・通信]

ブダペストには在留邦人4名+ハンガリー人1名による「東京アールハーズ」というバンドがありまして、このたび第4回(?)ライブが開催されるというご案内あり。
聞きに行ってみました。

かつて学生時代にウタウタウヒトだったにも関わらず、すっかり音楽から遠のいてしまい、聞くことさえ殆どないという殺風景な私ですが、やっぱりこういう時間っていいですよねー。
日本語勉強しているハンガリー人の学生さんもたくさん来て一緒に楽しんでいるのも、素敵な光景でした。

ライブの後は、そのままお食事&飲みへ。
思えば、来て一週間目ぐらいの右も左もわからない時に、練習にお邪魔させてもらった東京アールハーズ。
もう二年経ったのだなあ・・・と思います。

海外生活も三回目になれば、「行ってから人間関係ができるまでは本当に苦しい」とか「何でも一巡(つまり一年経過)するまでは大変」とかだいたい出発前から予想ができていて、それなりに覚悟して赴任したのですが、気がつくといろんな人が周囲にいてたすけてもらっていました。そのスタートはアールハーズとその周りの人たちだったな、と思います。

一巡目はワケもわからずとにかく全てが開拓状態、二巡目は少し自分で動けるようになって、三年目の今年は不思議と身近なことや小さいこと、日常のことが楽しい。
そんなブダペスト三年目です。

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似顔絵

さて、今ハンガリーでは教科書作成の作業が大詰めを迎えています。(まだまだ一冊目)

詳細は、「世界の日本語教育の現場から」にも生々しく描写されていますが、テキストや練習問題など<文字>の部分は完成に近付いているのですが、語彙の分量や難易度の調整だとか、解答集の作成だとか、持ち込み前の校正だとか、将来の吹き込みに備えてCDの時間を計るだとか(ここの効果音は8秒!」とかそんなことも考慮)の作業が次から次へと湧き出してきて、この夏はこの夏もほぼ潰れる予定です。

ああ。。。夏。ヨーロッパで死ぬほど夏休みを堪能してみたかった。。。

その中で今最大の追い込みは、イラスト・写真の収集。
イラストレーターさんには練習問題やストーリーのコンセプトとズレないよういつもハードな依頼をし、また写真では著作権や肖像権の問題とたたかいつつ、国際電話をかけまくり、メールを送りまくり、撮影許諾書を持って東京京都とハンガリーを各担当者が奔走する毎日です。


そんな日々、原稿の中に、「路上の似顔絵かきの写真」という指示を発見。
そうかあ、似顔絵かき、ハンガリーにもいるなあ。
観光地にもいるし、そういえばショッピングモールでも見たことある。
似顔絵。そういえば、中国で美術専攻の学生が絵を描いてくれたことがあったっけ。何だかほしくなってきたぞ、自分の似顔絵。

最近はTwitterでも自分の似顔絵をアイコンにしている人もいて、そうなるとますますほしい。

調べてみると、けっこう今はネットで注文できるのですね。データの似顔絵。
で、注文してみたり、出てきたものに仕事と同じノリで修正依頼を出してみたりしながら遊んでいたのですが、そんな時、学生時代の友人A氏(U氏??)が突如として「わし、似顔絵かけるけど」。

こうなると、お願いしないわけにはいきますまい。
そのまま勢いで注文。


1525169492_192s.jpg


赤・白・緑じゃん。ハンガリーじゃん。
「洪」の字は洪牙利。
思い切り授業やってるし・・・ああ、懐かしの現場だ。
しかも「Alexa」って、私のハンガリー名(苦笑)ですね。
さすが知り合い。芸の細やかさは見事です。

さっそく某所のアイコンで使わせていただきました。
先月あたり、突如としてSNSに私の顔写真がアップされていたのは、参考写真として活用していただくためでした。
それにしても楽器ができたり絵が描けたり、いろんなことができる人を見るとうらやましい限りです。
(私はもう声出ないかなあ??)

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日本語キャンプ [日本語教育]

ブダペストで、今年も開催された日本語キャンプ
ハンガリーからだけではなく、クロアチアやイタリアからも参加者あり。
去年に引き続き今年もお邪魔させていただきましたが、参加者も講師もスタッフもボランティアの方もとても生き生きとしていたのが印象的。

「日本について既に持っているイメージを日本人に確かめて、その結果をポスターにまとめる」という活動は、大学生社会人の参加者たちがわいわいととても楽しそうにポスター作成に取り組んでいるのを見て、一緒の時間を過ごすことの楽しさ、充実感、それからキャンプという場でますます生きてくる活動型授業の意義・・・なんていうことを感じたのでした。

私はOPIインタビューもさせてもらったのですが、夕方から残ってくれた人たちが少しでも「日本人と日本語だけで話したんだ!」という喜びを感じてくれていたら嬉しいなと、そう思います。
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旧暦の誕生日 [日々・通信]

中国にいた時、みな旧暦で誕生日を祝うので「いいなあ」と思いました。確か、韓国もそうですよね。

で、このネット時代、自分が生まれた日を調べてみると、その日は旧暦5月29日であることが判明。
さらに、旧暦5月29日は、今年の場合7月10日。

「祝ってやろう」と思ってたのですが、「名前の日」同様すっかり忘れていることにさっき気がつきました。
やっぱり身についていないモノはダメなのです。

しかし、名前の日、誕生日にとどまらず、旧暦まで祝いたがるかね、
ということには突っ込まないでおいてください。
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「世界の日本語教育の現場から」2010 [日本語教育]

今年の「世界の日本語教育の現場から」。

http://www.jpf.go.jp/j/japanese/dispatch/voice/index_2010.html

ハンガリー版は、「日本語を教えない日本語教師の仕事」についてです。

さて、ゆにはどれでしょう??

http://www.jpf.go.jp/j/japanese/dispatch/voice/touou/hungary/2010/report01.html
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ブダペスト案内の日 [日々・通信]

foto 543.jpg

日本で一緒に働いていた友人から、出張で中東欧あちこちをまわっているとの連絡あり。
同僚の方と一緒にハンガリーにも立ち寄ってくれました。

市場調査もされてましたが、週末はあちこちブダペストご案内。
中央市場(ちょうど「日本の日」イベント真っ最中)、鎖橋、いろいろな教会とブダの丘、英雄広場、市民公園。
思い切りブダペスト堪能しました。

さて、今回ご案内したのはメーカー勤務のお二人。
なので建築物を見ても、材質や補強の仕方など、文系人間には気づかない視点がバシバシ。
で、面白かったのは「車」。
ブダペストは何だか古い車が多いなと思ってはいたのですが、そういった車が本当に50年前、60年前の車であることを知ることの面白さ。
海外で日本語教育に関わっていると、広いようで限られた世界の中で、どうしてもどうしても世界が教育とか文化に偏りがちなのですが、その中で何だか違う風が通ってスッキリしたような感じがしました。

「普通の生活空間も見てみたい」とのご希望におこたえし、何故かうちの職場の近くのものすごく庶民的な地下食堂で晩御飯。
それから、夕暮れの通りをブラブラ散歩。
私も久々にブダペストでゆったり過ごせた一日。少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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ロンドンへ [旅]

先週のことですが、ロンドンへ行ってきました。出張です。

実はイギリスに足を踏み入れるのはまったく初めて。と言うと、「ええっ!?」と言われるのですが、ドイツやイタリアやスロヴァキアやボスニアには行ったことあっても、イギリスはまったく初めてでした。

今回はヨーロッパに赴任している関係者が集まっての会議もあったのですが、大陸チームの感想。

「街に<わからない言葉>がなくて変!」
英語の下に<わからない言葉>が書かれてなくて変!」
「言葉がわかってしまって変!」
「ポストが赤くて丸くて日本みたい!」
「横断歩道を渡るとき、右・左・右と見るなんて、日本みたい!」
「車が右ハンドルなんて、日本みたい!」
「街の雰囲気が東京みたい!」
靴下屋がある!!!」

そしてあげくの果てに出た言葉が、
「日本みたい」 → 外国みたい!!!」

ハンガリーやドイツやイタリアなどから行くと、イギリスにこういう印象を持ってしまうんですね。

言葉というのは不思議な感じでした。
「みんなわからない言葉を話していたり、わからない言葉が書かれているのが当然で、ごくたまに外国人へのサービス・あるいは一種のファッションとして登場するのが<英語>という毎日なので、普通にみな英語を話したり、当たり前のように英語があちこちに記されているのを見ると単純な不思議さがありました。そこには、何でそれ以外の言語を記そうとしないのかな、ということも含めてです。

しかし、物価の高さは異常。
何もしないのに、どんどんお金がなくなっていく。特に、公共交通機関の高さは半端じゃありません。
劇場も美術館も食もお店も豊かだけれど、ロンドンはやはり遠くにありて眺めるもの。だけどその反面、妙に日本に似たところもある雰囲気に安心感があったのも事実。
ちなみに、両替所で試しに聞いてみたところ、ハンガリー・フォリントは受け付けてもらえず無念。

煉瓦づくりの建物、やたら黒い色、柱の多さと太さと頑丈さ、巨大工場の雰囲気など、とにかく全てが見たことのない景色。ヨーロッパ大陸じゃないんだ、産業革命の国だなあ・・・と実感。
出張なので自由時間は殆どありませんでしたが、移動の時に窓から見る景色だけでも、いろいろ感じたロンドンでした。

今回、写真はナシです。


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